10月の振り返り

今年も残り2か月

先月、連載が減った分何をしようか…ということをブログに書いていましたが、結局マンガ事務所などから案件が舞い込みあまりいつもと変わらない仕事ぶりとなりました。

今回はあんまりイラストと関係ない話でも。

イラスト以外の業界の事を1年学んだ話

10月。去年私は復校した通信制の高校を卒業したばかりで、学校が終わってしまうけれど今、とても勉強が楽しい。もっと通信教育でいいから、いろんな事を学んでみたい!とおもむろに名古屋のセミナーなどに行ってみました。そこで出会った、手帳の事が学べる自己啓発のオンラインサロン。少しお金を稼ぐ匂いのする、怪しいものでしたが(笑)そこにいたコンサルタントの先生達は波乱万丈な人生を歩んでおられ、いろいろな事を教えてくれました。

Facebookのグループで投稿が見れ、オンラインでzoomにて参加者が顔出ししながら先生の講義を受けて質疑応答できるコミュニティでした。

地方にいながら最先端の知識が学べる事もあり、1年夢中になっていろんな事を吸収しました。参加者の方も多業種の方で、全然知らない業界の話が聞けたり、イラストの世界にいるだけでは知ることができないこともたくさん見たり聞いたりすることができました。

イラストの世界ではお金の事は貧しく、厳しい事も当たり前なのですがお金を持っている人は持っていて、違う世界で生きている事。世の中にどう貢献するかという利他の心で起業しないと結局大きな飛躍はできないこと。物が売れる原理があり、いかに大半の人が的外れな考えで物を売ろうとして人に迷惑をかけているか。人生にはレベルや才能があり、自分の現状のレベル、才能にあった事をしないと流れに乗る事ができず上手くいかない事。上手く行っても、次のレベルになるといままでの成功法則は一切通用しないこと。いろんな事がわかりました。

学んだ結果、人とのやり取りに角が立たなくなったり、収入が増えたりしたので、本当に「成功法則」というものはあるのだと感じつつも……元々、高校で知り合ったクラスメイトが上手くいかず、悩んでいた事から、私が何か学ぶことで有用なアドバイスができて少しでも悩みが晴れたら…と思っていましたが、結局「自己」啓発なので他人に適用できるものでもなく、本人が学び、実践することでしか結果が得られないこともわかってきました。

なんとか、友人を救う手立てはないのか?と図書館などでもずっと調べものをしていて、たくさんの本を読みましたが、追及すればするほど、「利己、エゴはだめ」ですから友人のように「楽をしたい」「空から幸せがふってきてほしい」というタイプの人の願望を叶える手立てはありませんでした。

人間、つらいことを乗り越える事でしか幸せになれないのだろうか?

唯一、ハワイの文献で4つの言葉を念じる事で過去の記憶を消去(浄化)し、その人に良い運命を運んでくるという文化がありました。

その言葉は、「ごめんなさい」「許してください」「ありがとう」「愛しています」と、子供でも言えるような事なのですが、本の著者の方が死にかけたときに家族へ向けて遺書を書いたときも、この4つの言葉以外出てこなかったそうです。人間の想いを現した、究極の言葉のような気がします。

人間にも、物にも、土地にもすべて「記憶」があり、その記憶がどんどん溜まっていくとコンピューターがデータが多すぎるとクラッシュを起こすようにやはり問題が起きてくるようです。

ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています、と念じる事で溜まった記憶や情報に対してデリートキーを押す事ができ、消去され、空いたところに必要な出来事が起きてくるそうな。(しかも、心はこめなくてもいいそう笑)

自己啓発同様、ちょっとまやかしじみているので嫌いな方は嫌いかと思いますが、3~4冊しっかり本を読むと理にかなっており、だれでも実践できて、トラブルを回避する手立てになるな、といろいろ勉強した中ではとても有益なものでした。

以前引き寄せの法則などが流行しましたが、「やっぱりそれでも、自分が思っているばかりにはならない、引き寄せられることばかりではないよね」と引き寄せに対しても疑問を持った方が辿り着く知識のようです。

人間何が嫌なのか

湖で気持ちよくボートを漕いでいたとき、誰も乗っていないボートが進行方向を遮ってきた・・・いやではありますが、激怒するほどではありませんね。

ところが、その行く手を邪魔するボートに人が乗っていたとしたら。すごく嫌です。「わざとやっている」感じがします。

「ボートが遮られた」事が嫌なわけではなく、「人に悪意を向けられた」事が嫌なんですね。でも悪意を向けられたかどうかは本当にあるのでしょうか?「そう感じる」自分の記憶にあります。ボートに乗っている人が「自分の嫌いな人」だったら「前に嫌な事をしてきたから、今回もだろう」と記憶がそう意識させますね。

やはりすべてのストレスのもとが過去の情報、記憶から来ているのです。

その記憶を消去することができれば……問題を解決するというより、問題を問題と感じなくなるということですね。

その他、あまり精神方面を突き詰めると宗教関連にぶち当たり……宗教はやはり争いを生むので笑

宗教関連で一部の宗教の知識しか持ってない人はやはりそこまでの知識の人で、「仏陀はこういった」「キリストならこういう」と多角的に書いてくれている本が一番親切で、偏見がありません。

どこの世界でも、「これが正しい!!!」とそればかり学んだり、その界隈から出られなくなるとそこで知識が止まってしまいます。ある程度友達ができたりグループには入れてもらえるのでしょうが、それが悪い「つるみ」となり何年も、何十年もまわりの世界の事がわからないまま不安をかかえ彷徨う事に……。

私は独特な人生を生きていて、どこの世界へ顔を出しても歓迎はしてもらえるタイプなのですが、今一つ1か所に身を入れ混むことができず、結局は浮いたまままた別の世界へ足を踏み入れる……ということを繰り返しています。

ここでずっと過ごしたい…というような、ある種割り切ってずっと同じところに身を置ける方は本当に素晴らしいと思います。

また、ここまでいろいろな事を学んできましたが、悩んでいる人はある程度「悩んでいたい」のだと。解決するには変化しかないのですが、「変化」することがその人にとっては悩み続けるよりも苦痛だという事があります。

本人を無理やり変化させることもできません。

ハワイの原住民の伝統のように、「何もしてあげられないけど…愛しているよ」と温かく見守るしかないのも納得ですね。

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